師走焼酎奇譚

2013.12

焼酎が嫌いだと女は云った。

俺はまあ、焼酎に限らずアルコールが入っていれば何でも良くて、と言うか結局酔えれば言い訳だからね。 でも、焼酎、好きなの。特に冬場の湯割り。 梅干しなんて落としてね、割り箸とかでこう、グシャグシャってする様とかもう、たまんないじゃない。体も暖まるしね。

で、その日、俺は新宿にいた。しかもアルタ前に。 ちょうど「笑っていいとも」が終了して、全国民が「失って初めてわかるタモリの大切さ」を味わっていたようないなかったような時期だった。 19時に会うはずの女は19時30分をまわっても現れず、おまけに雨が降ってきた。 先週末、初めて入ったスナックで隣り合わせになった、いくらか年増の女に「新宿ぅ、うち近いからぁ、飲みにいこうぅよぉぉ」などと言われ、阿呆面下げて「おっっけぇえぇええ!!」なんて云った結果がこれだ。名前どころか顔すらまともに覚えていない。

腹も減り、体温も下がり、そろそろ自分に対する怒りと情けなさで奇声をあげそうになってきた俺は、歌舞伎町にある安居酒屋に行くことにした。

まずい枝豆。サーバー洗ってるのかな?っていう感じの味わいがする生ビール。 それらをやりながらタバコを吸っていると、俺のテーブルの斜め前の席に、客が通された。

良い感じの女だった。

たった今、顔も名前も覚えていない女に深夜交わした約束をすっぽかされたばかりの俺は、その何だろう、性欲とはまた違う、こう、後悔と挫折と愛と欲望と部屋とワイシャツとみたいな感情が入り混じっていて、その、「どうにでもなれ」という思考回路に支配されていた。 気がつくと、女の座席に近寄っていた俺は「お姉さん、お一人ですかぁ?」「今日は一人で飲みたい気分だったんですけどぉ、いざ飲んでるとやっぱり寂しくなってきてぇ、良かったら一緒にどうですかぁ?」などとわざと馬鹿な男のフリをして声をかけた。

馬鹿なフリをしたのは他でもない。自分を傷つけないためだ。 普段やりもしないナンパ行為を行い、そうして断られた時に、あれは馬鹿な下賎な男、ダーツやって、テキーラショットを罰ゲームで飲んだりする奴らのフリをしたからであって、本来の、仕事もせず、ぶらぶらと酔いつぶれている粋でおませな俺ちゃんだったら成功していたはず、と心の中で思いたいがための痛々しいポーズであった。

ところが、予想と言うか俺の杞憂に反して、女は俺の顔をしばらく見つめ、OKと言いやがった。

俺は嬉しくなって、つい本来のぶらぶらと酔いつぶれている俺ちゃんになって話しまくった。 女は見た目によらず、意外とノリが良く、と言うか途中から向こうの方が俺よりもハイ・テンションになって話し続けた。 ハイボール、バーボン、日本酒と飲み続け、好きなチャゲアスの曲や、清春のカリスマ性、90年代のドラマやら、竹内と反町のコンビの不動さなどを話したような気がする。

もう、今夜は貰った。 そう確信した俺は、二軒目どうする?を発動。女も予想通り、カラオケ行こうよなどと抜かす有様。 決めてやった、決めてやったよ、今夜。 そんな喜びを顔には出さずに、「オッケーェェ」などと阿呆面を晒して返事をした俺は、最後にキメの芋焼酎ロックを頼んだ。

瞬間。

女は「私、焼酎嫌いなんだよね。」と言い放ち、先ほどまでのマシンガントークが幻のように何も話さなくなってしまった。 赤らんでいた頬も青ざめ、クルクル変わっていた愛嬌のある表情も全く動かなくなった。LIke a 能面。 こちらが何を話しても、先ほどとは人格が変わってしまったような気のない相槌。焦点の合わない視線。 そうしているうちに、俺の方も何やら「怖い」というか「気味が悪い」ような気がしてきて、あ、この女やべえな。というか帰りたくなってきた。

芋焼酎のロックでぇす」と中国人のバイトの女の子がテーブルに芋焼酎ロックを置きにきた。 女はジッとテーブルの上のロックグラスを見つめ、目線を動かさない。 そして、一言「私、焼酎嫌いなんだよね。」と呟くと、すっと席を立って店を出て行った。

一人残された俺は、やり場のない気持ちをどう処理していいか分からず、飲んだ。ただただ飲んだ。

芋焼酎のロック、麦焼酎のロック、栗焼酎のロック。 米焼酎の湯割りを飲みながら、意識が無くなり、気がつくと自宅の玄関先。 靴を枕に反吐まみれの状態であった。

狐につままれたような夜を思い出しながら、今夜は芋焼酎のロックを飲んで、一人、体を温めているよ。