め組のわたし

2012.01

どっぷりと日が暮れてきて、ようやく落ち着いてきたので、本日のオペのレポートをしたためることにする。

そう、私は本日「レーシック」という、レーザービームを眼球に当て、角膜を削ることで視力の格段の向上を図るという画期的かつ進歩的な手術を受けてきたのであった。

やはり、こういう事は午前中が吉である、と判断したのかどうか定かではないけれども、朝の10時30分から予約を入れた、1か月ほど前の私を憎しみ、呪いながら、二日酔いの頭で起床。

呆けた面構えで着替えを済ませ、愛車のママチャリで戦場へ乗り込む。

院内は午前中の盛りだというのに既に多種多様な人種が蠢いていた。例えば、待合室のソファには私と同年代の、もう誰がどう見ても、そうだよね、と満場一致で賛成するような、身なりの格闘家風男性。フランス語で何やらまくし立て合っている外人カップル。君にはまだ早いよ、もっと自分を大切にしなさい。と言いたくなる程の若さとみずみずしさに溢れた女子高生とその母。など、皆さん、目が見えないことで苦労なさっている方々なのだなあと微笑ましく眺めている、革ジャンの男、私。みかん食べたい。

先に支払いを済ませ、というのもこういうモノとモノとの交換でない場合は往々にしてそうなのだが、例えば、性風俗業などを想像して頂ければ、わかりやすいと思う。こういう場合の金銭の受け渡しは、こちらがサービスを受ける前に払うものと相場が決まっているので、今回もそういった常識的判断に倣い、これを済ませた。金 七萬五千円を六回払いの月賦にして。

恐ろしく良心的なのは、大概、月賦払いにすると利息代わりの手数料を搾取せんとするのが商売の鉄則なのだろうけれども、なんと今回は6回払いまでの手数料、全額病院負担なのだ。ジャパネットの布教活動はこういう処でも活きている。息をしている。いずれ芽吹き花を咲かせるその日まで。

払うものも払ったところで、まあ実際は頭金も無いので、一切払っていないんだけどね、契約時点で全額払った気になるのが私のポジティブなところよね、うん、そう、そうしていつも失敗してきたの。気が付いたらこんな所にいるの、あ、蝶々きれい。

気がついたら、名前を軽々しく呼ばれていたので、受付へ向かう。奥の部屋から何やら珍妙な恰好の女子が迎えに来ていた。私を。小学児童の時分、給食係という、云わば給食を調理場から各教室に運搬し、配膳、号令、等を行う係があったが、その際に着用していた白割烹着の如きものを身にまとい、頭にはパーマネントをあてる際に、婦女子のみなさんが被るような巨大なシャンプーハットをつけて。

給食係の女の後をついて、さらに奥の部屋へと進む。途端、女がこちらを振り返り、靴を脱げという。ああ、成程、土足は厳禁なのだな、なになに、このロッカーに靴と上着をしまえと、そうして、え?サンダルね、はいはい履きますよ、で?なに?え、これ着るの?僕も?君だけじゃなくて?ウハー、その発想はなかったわ。本気?え、はい前から着るのですよね、ええ、ええ、あ、これはご丁寧にどうも、着させて頂いて、で?あ、やっぱりそうなんだ、ああ被るの、僕もそれ。そのシャンプーハット

めでたく、給食係に就任した私に女は目薬を注してきた。麻酔だということ。なすがままの私は手術室前のベンチに座らされ、待機である。ここにきて、初めて軽い恐怖心が芽生えてきた。勿論まだ花は咲かない。実もならない。

5分ほど待ったであろうか、室内から私を呼ぶ声がする。ふふ、いよいよかしら。と上流社会のマダムを気取って、手術室に入る給食係の私。部屋の中には私のほかにも給食係が沢山居た。

担当医を名乗る男に軽く目を診察されたのち、ベッドへと誘われる。私は上流階級のマダムなので、そう易々と貞操を崩すはずがない。がしかし、そこからの給食係たちは手際が良かった。かの春日部レイパーズもかくあるまじ、といった手際の良さで、私をベッドへ載せる。そこから先私はマダムなどではかった。しいて言うなら、ヤマザキパン工場のベルトコンベアに流れる一介の菓子パンに過ぎなかった。

頭をベルトで固定され、珍妙なテープを目の周りに張られ、瞬き防止の為の器具を装着される。瞬間、麻酔です。という一言の後に、水が目の中に注入される。見えるのは赤いレーザポインタ、その赤い部分をずっと見ていてくださいという担当医か給食係の声。

私は怯えていた。明らかに身体が固くなり、強張っている。とっくに恐怖心は果実を実らせ、下手すると種を落としている段階まできていたのだ。だが、一介の菓子パンにすぎない私がそんなことをほざいても、何もならない。されるがまま、オペは進んでいる。勿論麻酔をしているので、眼球の感覚はないのだけれど、明らかに、目、触っているよね、なんか、あれ、いま拭いたよね、なんか。という具合で怯える一方の菓子パン。だが、その時ふっと気が付いたのだ。誰かいる。誰かがこの惨めな菓子パンを包み込んでくれている。そう、先ほどから私を案内し、このベルトコンベアまで連れてきたあの給食係の女が私の手を握り、ときおり肩を撫で、私を、この菓子パンを勇気づけてくれている。私は泣いた。もちろん涙は出ない。目は開きっぱなしなのだから。

そうこうしているうちに、両目とも手術が終わったらしい。私は裸眼でこの世界と対面したら、真っ先にこの女に感謝と愛を伝えなければならない。菓子パンを包むそのビニールの如き優しさに、どのような言葉を贈ればよいのだろう。そのことばかりを考えているうちに、レーザーは私の角膜を削り、オペ無事終了。綺麗に終わりましたよという担当医の男。ピース。世界が明るい。18年ぶりの裸眼の世界は想像以上に綺麗だった。感動に打ちひしがれる間もほどほどに、私は別部屋に案内された。待って!今この菓子パンの思いを彼女に!ビニールに!伝えなければ!思いとは裏腹に、目の細い男が私を誘導し、菓子パンのビニールへの恋は破り去られた。ありがとうビニール。僕、おいしく食べてもらうね。君も今度はTシャツとかにリサイクルされるといいね。

帰宅後、妙に眩しいなとかやっぱり眼の奥が痛かったりするけども、徐々に回復。裸眼でこんな生活ができるなんて、夢にも思わなかった。いや夢には思っていた。うきうきした気分で手術の進め方、手術当日の過ごし方という用紙に何気なく目をやりながら、EYE of The Tigerを聞いていた。今から思えば、こんなことしなければ良かった。そこにははっきりと書かれていたのだ。手術中、緊張を和らげるために、看護師が手を握りますと。つまり、ビニールの優しさは、私の如き菓子パンに対しての特別なものではなく、その業務としての一貫であった。いわば職業ビニールなのだ。

私は泣いた。心なしか世界が暗くなってきた