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ルート66

12月の頭に暖房が壊れてね、うん、僕の部屋のエアコンなんだけども。

スイッチを押してもウンともスンとも言わないんだ。

ウンとかスンとかって言うけど「うん」はわかる。イギリスで言うところの「イエス!」ソビエトで言うところの 「ダー!」だよね。 「スン」って何?「スンッ」って感じの女子がたまにいるけど、その「スン」?それとも何か他の言語?「SUN?」「寸?」

まあ、 どちらにせよエアコンだから、ウンもスンも言わないんだけれど、せめて何か、そよ風みたいのでもいいので、返事をして欲しかった。

と、願った矢先に、吹いてきたそよ風。

外気が直で部屋の中に入ってきてるよね?って感じの冷風。

コンチャース!コンチャース!って家主の許可無く入ってくる冬の息吹さん。

無言でスイッチを切った私は、押入れの奥底に眠っていたハロゲンヒーター(2005年製・射程距離30cm)を引っ張り出し、暖房器具として使用している。

そんな中、先週末からの「最強寒波到来」。

ただでさえ、我が家は壁が薄く木造で、ゴールデンウィークあたりでも、ヒンヤリとするような寒冷地だ。とても射程距離30cmのハロゲンヒーターだけでは太刀打ちできない。

それでも、「贅沢は敵だ」という精神をモットーに金宮焼酎の湯割りとかを体内にブチ込みつつ、耐えた。耐え難きを。忍んだ。忍び難きを。

昨夜のこと。

珍しく人から貰った黄猿という珍妙な名前の芋焼酎があったので、キャキャ、ラッキーラッキー、乙類!乙類!なんて文字通り猿、エテ公のように喜びながら、ハロゲンヒーターを股座に設置し、湯を沸かしながら裂けるチーズを喰らっていた。ピイイイピイイイイイイイイイイと薬缶がけたたましく喚くので、お湯が沸いたことを確信した俺は、薬缶を手に取り湯呑みの7分目まで湯を入れる。焼酎のキャップを開いて勢いよく入れる。途端に湯気に乗っかって鼻腔に届く、芋の香り。

ここまで、15秒。まったく無駄のない動きに我ながら感銘を受け、割り箸で二、三度かき混ぜ、ズズッと胃袋にぶち込んだ。

「美味しい」

冬場の湯割りほど効くクスリはあるまい。などと呟きながらチーズを裂いては、焼酎。チーズを食べては、焼酎。の流れで気がつくとボトルは半分ほどになっていた。体もポカポカ。心もポカポカ。テレビでは無教養鬼畜国家の大統領候補が喚いている映像が流れている。

ここで、ふっと、股座のハロゲンちゃんのことに気がついた俺ちゃん。

あれ?消しちゃってた?なんだか静かな色合いだけども。 え?聞こえてる?ハロゲンちゃん? スイッチ入ってるよね?ハロゲン?ハロ?ハロ?

というやり取りを深夜0時をまわった東京で何回か繰り返した俺は、およそ15分後、ハロちゃんがご逝去なされたことを確信した。

「絶望」

今まで陽気でポカポカしていた俺の身体は一気に冷え、ハートはフリーズ。 殺人直後の犯人の如く、毛布を頭まで被り、震えながら朝を迎えたのだ。

あの部屋に帰りたくない。春が来るまで冬眠したい。

スナック無宿 ~らくがき(五反田) ~

子供の頃からスナックが好きで、良い大人になった今でも勿論好きだ。 スナックの醍醐味は何かと問われると、そりゃ人それぞれあるだろうし、一言でまとめることができるならスナックになんて通っていない。

五反田には、リバーライトビルと云う名前のビルが目黒リバーのリバーサイドにあって、通称「五反田ヒルズ」と呼ばれている。 f:id:steroid66:20170115160421j:plain

こんな感じで飲食店がひしめき合っているドーム型のビル。

勿論、めし屋も飲み屋もあるのだけど、テナントの内のその殆どがスナックと云う感涙モノのビルヂングだ。 で、結構個性的な店とか看板を見る限り胸躍る雰囲気の店とか色々あるんだけど、年の瀬も迫った金曜の夜、こちらにお邪魔した。

「スナック らくがき」

看板には女子会歓迎とか書いていて、価格もリーズナブル。

早速入店。

まだ19時台だったが、すでに男女の団体がずらっと座っていた。 ママに誘われて、一番端のカウンターにピットイン。

ママの名前はようこ。

「酔う子って書くの」というママのスナックジョークが出たところで、良い店と確信した俺は、迷わずキンミヤのボトルを入れた。

団体さんは合コン的なノリで会社の上司に連れてきてもらったという感じの3対3 + 上司で、上司以外いまいち盛り上がっていない。 すると、ママが場を盛り上げようとしたのだろう。自ら先陣を切り、カラオケを入れた.


The Beatles - Hey Jude

言わずと知れたビートルズのバラードをなんの脈絡もなく突然歌い始めるママに一同唖然。俺も唖然。

しかしそこはスナック・マジック。

ママのHey,Judeを皮切りに、若者たちも一人また一人と歌を歌いはじめ、俺も歌い、場は一体感に包まれ始めた。

これが、スナックの良さ、醍醐味の一つだと俺は思う。

なんとなく良い感じになった若者たち団体が帰り、俺も気分が良くなったので、キンミヤを飲み干してから帰ろうとママと談笑。 聞けば、五反田に来る前に働いていた店と俺の良く行く店が近く、共通の知人もたくさんいることが発覚。

運命を感じた俺は必ずまた来ることを約束し、店を後にした。

余談だが、Hey,Judeはポールマッカトーニーが離婚問題でもめていた頃のジョン・レノンの息子を励ますために作った曲とされていて、それを知っていて選曲したのなら、ようこママの妖力に感服する。(その頃、ジョン・レノンはヨーコ・オノに夢中だった)

黄金町エレジー

2007.1

その日の横浜は雪だった。

俺は、スーツにロングのダウンジャケットを着込んで、横浜のダークサイドと名高い黄金町・日の出町エリアの路上でビラを配っていた。

まだ松の内だったと思う。

正月に故郷へ帰る金子も無く、かといって特別親しくしてる女もいなかったので、アルバイトのシフトを元旦から連続で入れていたのだ。

「映画、いかがっすか。」

潰れかけた単館系の映画館でのバイト。時給850円。 あまりにも客が来ないために、映画のチラシを路上で配るという、映画館スタッフの仕事としてはあんまり考えられない、と言うか普通はやらない仕事を、新年のお祝いムードで溢れる伊勢佐木モール、その丁度裏通りでやっていた。

「明けましておめでとう」

声をかけてきたのは、タケさん(自称)。

隣のファッションヘルスで客引きをしている40代男性だ。 何せ人もほとんど通らない通りで、二人だけで呼び込みしているのだ。3ヶ月を過ぎる頃には、自然と顔なじみになっていた。

俺も新年の挨拶を返し、「全然、人通らないねえ」なんて話をしていた。

向こうはヘルス。こっちはシネマ。

小さい映画館だったが、サブカル女子やヴィレッジヴァンガードが好みそうな映画をやることがあって、女優がきて舞台挨拶なんてのもやった。そうすると、いつもは、地元のアル中が寝るためにしか来ない映画館に、行列ができることもあった。 そういう時、タケさんは隣の店先で、自分のことのように喜んでいた。

タケさんは自分のことはあまり話さなかったが、北陸の出身らしく諸々あって今の店で働いていると言っていた。

40代(自称)にしては禿げ上がった頭、人の良さそうな団子鼻、ヘルニア持ちで、立っているのが辛いと愚痴をこぼすタケさんが俺はなぜか好きだった。思えば、俺もその当時、信頼できる友も女も金も無く、自尊心と羞恥心だけが肥大化していて虎になりそうだった。二人とも孤独だったのかもしれない。

日が沈みかけてきた頃、雪が舞い始めた。 俺も北国の産まれだしタケさんも北陸の出だから、雪自体は大して感動もしないのだけど、その日はなぜか黄金町に舞う雪が非常に綺麗に見えた。 タケさんもそう思ったのか、「にいちゃん、雪だな」なんて笑っていた。 タケさんは前歯が殆ど無かった。シンナーだと思う。

そうして、閉館の時刻になり、本日の入場者と売り上げをエクセルに打ち込む。もちろん本日打ち込む数字は0だ。 館内の清掃も必要ないので、シャッターを閉め、俺は戸締りをして映画館を出た。

外に出ると、ビラを配っていた時よりも本格的に雪が降っていて寒かった。

ヘルスの前を通ると、タケさんはまだ立っていた。

「にいちゃん、帰りか?」

はい、お疲れ様です、と答えると、寒そうに肩を窄ませながら、タケさんはポケットから何かを取り出して

「はい、これ、お年玉。」

と言い、俺の手に何か握らせた。

見てみると、「お年玉キャンペーン!! 50分コース50%OFF!! アンド 指名料無料!」と書かれた、割引チケット。

「あ、ありがとうございます!タケさんも風邪ひかないように!」

よくわからないお礼を言い終えると、俺は酒を買い、自宅へ帰った。

タケさんの姿を見たのはそれが最後だった。

1ヶ月後、俺は割引チケットを握りしめ、黄金町へ向かった。

シフトには入っていないが、無料指名を入れるために。

50分5500円のアトラクションを終えた後、俺は指名の子に聞いた。タケさんのことを。

「客引きの?ああ歳いってる方?ハゲの?」

そう、その人がくれたお年玉なんだよ、今日のこれは。と思いながら、今、どうしているかを尋ねた。

「店の売り上げ金盗もうとしてんのがバレて、クビだって。バカだよねぇ。キャハハ。キャハ。」

女の顔も源氏名もオッパイの大きさも全く覚えていない。

ただ、何か無性に腹が立って、帰りにワンカップ大関を買い込み、飲みながらフラフラで自宅まで徒歩で帰ったことは覚えている。

あの日の横浜は雪だった。

師走焼酎奇譚

2013.12

焼酎が嫌いだと女は云った。

俺はまあ、焼酎に限らずアルコールが入っていれば何でも良くて、と言うか結局酔えれば言い訳だからね。 でも、焼酎、好きなの。特に冬場の湯割り。 梅干しなんて落としてね、割り箸とかでこう、グシャグシャってする様とかもう、たまんないじゃない。体も暖まるしね。

で、その日、俺は新宿にいた。しかもアルタ前に。 ちょうど「笑っていいとも」が終了して、全国民が「失って初めてわかるタモリの大切さ」を味わっていたようないなかったような時期だった。 19時に会うはずの女は19時30分をまわっても現れず、おまけに雨が降ってきた。 先週末、初めて入ったスナックで隣り合わせになった、いくらか年増の女に「新宿ぅ、うち近いからぁ、飲みにいこうぅよぉぉ」などと言われ、阿呆面下げて「おっっけぇえぇええ!!」なんて云った結果がこれだ。名前どころか顔すらまともに覚えていない。

腹も減り、体温も下がり、そろそろ自分に対する怒りと情けなさで奇声をあげそうになってきた俺は、歌舞伎町にある安居酒屋に行くことにした。

まずい枝豆。サーバー洗ってるのかな?っていう感じの味わいがする生ビール。 それらをやりながらタバコを吸っていると、俺のテーブルの斜め前の席に、客が通された。

良い感じの女だった。

たった今、顔も名前も覚えていない女に深夜交わした約束をすっぽかされたばかりの俺は、その何だろう、性欲とはまた違う、こう、後悔と挫折と愛と欲望と部屋とワイシャツとみたいな感情が入り混じっていて、その、「どうにでもなれ」という思考回路に支配されていた。 気がつくと、女の座席に近寄っていた俺は「お姉さん、お一人ですかぁ?」「今日は一人で飲みたい気分だったんですけどぉ、いざ飲んでるとやっぱり寂しくなってきてぇ、良かったら一緒にどうですかぁ?」などとわざと馬鹿な男のフリをして声をかけた。

馬鹿なフリをしたのは他でもない。自分を傷つけないためだ。 普段やりもしないナンパ行為を行い、そうして断られた時に、あれは馬鹿な下賎な男、ダーツやって、テキーラショットを罰ゲームで飲んだりする奴らのフリをしたからであって、本来の、仕事もせず、ぶらぶらと酔いつぶれている粋でおませな俺ちゃんだったら成功していたはず、と心の中で思いたいがための痛々しいポーズであった。

ところが、予想と言うか俺の杞憂に反して、女は俺の顔をしばらく見つめ、OKと言いやがった。

俺は嬉しくなって、つい本来のぶらぶらと酔いつぶれている俺ちゃんになって話しまくった。 女は見た目によらず、意外とノリが良く、と言うか途中から向こうの方が俺よりもハイ・テンションになって話し続けた。 ハイボール、バーボン、日本酒と飲み続け、好きなチャゲアスの曲や、清春のカリスマ性、90年代のドラマやら、竹内と反町のコンビの不動さなどを話したような気がする。

もう、今夜は貰った。 そう確信した俺は、二軒目どうする?を発動。女も予想通り、カラオケ行こうよなどと抜かす有様。 決めてやった、決めてやったよ、今夜。 そんな喜びを顔には出さずに、「オッケーェェ」などと阿呆面を晒して返事をした俺は、最後にキメの芋焼酎ロックを頼んだ。

瞬間。

女は「私、焼酎嫌いなんだよね。」と言い放ち、先ほどまでのマシンガントークが幻のように何も話さなくなってしまった。 赤らんでいた頬も青ざめ、クルクル変わっていた愛嬌のある表情も全く動かなくなった。LIke a 能面。 こちらが何を話しても、先ほどとは人格が変わってしまったような気のない相槌。焦点の合わない視線。 そうしているうちに、俺の方も何やら「怖い」というか「気味が悪い」ような気がしてきて、あ、この女やべえな。というか帰りたくなってきた。

芋焼酎のロックでぇす」と中国人のバイトの女の子がテーブルに芋焼酎ロックを置きにきた。 女はジッとテーブルの上のロックグラスを見つめ、目線を動かさない。 そして、一言「私、焼酎嫌いなんだよね。」と呟くと、すっと席を立って店を出て行った。

一人残された俺は、やり場のない気持ちをどう処理していいか分からず、飲んだ。ただただ飲んだ。

芋焼酎のロック、麦焼酎のロック、栗焼酎のロック。 米焼酎の湯割りを飲みながら、意識が無くなり、気がつくと自宅の玄関先。 靴を枕に反吐まみれの状態であった。

狐につままれたような夜を思い出しながら、今夜は芋焼酎のロックを飲んで、一人、体を温めているよ。

め組のわたし

2012.01

どっぷりと日が暮れてきて、ようやく落ち着いてきたので、本日のオペのレポートをしたためることにする。

そう、私は本日「レーシック」という、レーザービームを眼球に当て、角膜を削ることで視力の格段の向上を図るという画期的かつ進歩的な手術を受けてきたのであった。

やはり、こういう事は午前中が吉である、と判断したのかどうか定かではないけれども、朝の10時30分から予約を入れた、1か月ほど前の私を憎しみ、呪いながら、二日酔いの頭で起床。

呆けた面構えで着替えを済ませ、愛車のママチャリで戦場へ乗り込む。

院内は午前中の盛りだというのに既に多種多様な人種が蠢いていた。例えば、待合室のソファには私と同年代の、もう誰がどう見ても、そうだよね、と満場一致で賛成するような、身なりの格闘家風男性。フランス語で何やらまくし立て合っている外人カップル。君にはまだ早いよ、もっと自分を大切にしなさい。と言いたくなる程の若さとみずみずしさに溢れた女子高生とその母。など、皆さん、目が見えないことで苦労なさっている方々なのだなあと微笑ましく眺めている、革ジャンの男、私。みかん食べたい。

先に支払いを済ませ、というのもこういうモノとモノとの交換でない場合は往々にしてそうなのだが、例えば、性風俗業などを想像して頂ければ、わかりやすいと思う。こういう場合の金銭の受け渡しは、こちらがサービスを受ける前に払うものと相場が決まっているので、今回もそういった常識的判断に倣い、これを済ませた。金 七萬五千円を六回払いの月賦にして。

恐ろしく良心的なのは、大概、月賦払いにすると利息代わりの手数料を搾取せんとするのが商売の鉄則なのだろうけれども、なんと今回は6回払いまでの手数料、全額病院負担なのだ。ジャパネットの布教活動はこういう処でも活きている。息をしている。いずれ芽吹き花を咲かせるその日まで。

払うものも払ったところで、まあ実際は頭金も無いので、一切払っていないんだけどね、契約時点で全額払った気になるのが私のポジティブなところよね、うん、そう、そうしていつも失敗してきたの。気が付いたらこんな所にいるの、あ、蝶々きれい。

気がついたら、名前を軽々しく呼ばれていたので、受付へ向かう。奥の部屋から何やら珍妙な恰好の女子が迎えに来ていた。私を。小学児童の時分、給食係という、云わば給食を調理場から各教室に運搬し、配膳、号令、等を行う係があったが、その際に着用していた白割烹着の如きものを身にまとい、頭にはパーマネントをあてる際に、婦女子のみなさんが被るような巨大なシャンプーハットをつけて。

給食係の女の後をついて、さらに奥の部屋へと進む。途端、女がこちらを振り返り、靴を脱げという。ああ、成程、土足は厳禁なのだな、なになに、このロッカーに靴と上着をしまえと、そうして、え?サンダルね、はいはい履きますよ、で?なに?え、これ着るの?僕も?君だけじゃなくて?ウハー、その発想はなかったわ。本気?え、はい前から着るのですよね、ええ、ええ、あ、これはご丁寧にどうも、着させて頂いて、で?あ、やっぱりそうなんだ、ああ被るの、僕もそれ。そのシャンプーハット

めでたく、給食係に就任した私に女は目薬を注してきた。麻酔だということ。なすがままの私は手術室前のベンチに座らされ、待機である。ここにきて、初めて軽い恐怖心が芽生えてきた。勿論まだ花は咲かない。実もならない。

5分ほど待ったであろうか、室内から私を呼ぶ声がする。ふふ、いよいよかしら。と上流社会のマダムを気取って、手術室に入る給食係の私。部屋の中には私のほかにも給食係が沢山居た。

担当医を名乗る男に軽く目を診察されたのち、ベッドへと誘われる。私は上流階級のマダムなので、そう易々と貞操を崩すはずがない。がしかし、そこからの給食係たちは手際が良かった。かの春日部レイパーズもかくあるまじ、といった手際の良さで、私をベッドへ載せる。そこから先私はマダムなどではかった。しいて言うなら、ヤマザキパン工場のベルトコンベアに流れる一介の菓子パンに過ぎなかった。

頭をベルトで固定され、珍妙なテープを目の周りに張られ、瞬き防止の為の器具を装着される。瞬間、麻酔です。という一言の後に、水が目の中に注入される。見えるのは赤いレーザポインタ、その赤い部分をずっと見ていてくださいという担当医か給食係の声。

私は怯えていた。明らかに身体が固くなり、強張っている。とっくに恐怖心は果実を実らせ、下手すると種を落としている段階まできていたのだ。だが、一介の菓子パンにすぎない私がそんなことをほざいても、何もならない。されるがまま、オペは進んでいる。勿論麻酔をしているので、眼球の感覚はないのだけれど、明らかに、目、触っているよね、なんか、あれ、いま拭いたよね、なんか。という具合で怯える一方の菓子パン。だが、その時ふっと気が付いたのだ。誰かいる。誰かがこの惨めな菓子パンを包み込んでくれている。そう、先ほどから私を案内し、このベルトコンベアまで連れてきたあの給食係の女が私の手を握り、ときおり肩を撫で、私を、この菓子パンを勇気づけてくれている。私は泣いた。もちろん涙は出ない。目は開きっぱなしなのだから。

そうこうしているうちに、両目とも手術が終わったらしい。私は裸眼でこの世界と対面したら、真っ先にこの女に感謝と愛を伝えなければならない。菓子パンを包むそのビニールの如き優しさに、どのような言葉を贈ればよいのだろう。そのことばかりを考えているうちに、レーザーは私の角膜を削り、オペ無事終了。綺麗に終わりましたよという担当医の男。ピース。世界が明るい。18年ぶりの裸眼の世界は想像以上に綺麗だった。感動に打ちひしがれる間もほどほどに、私は別部屋に案内された。待って!今この菓子パンの思いを彼女に!ビニールに!伝えなければ!思いとは裏腹に、目の細い男が私を誘導し、菓子パンのビニールへの恋は破り去られた。ありがとうビニール。僕、おいしく食べてもらうね。君も今度はTシャツとかにリサイクルされるといいね。

帰宅後、妙に眩しいなとかやっぱり眼の奥が痛かったりするけども、徐々に回復。裸眼でこんな生活ができるなんて、夢にも思わなかった。いや夢には思っていた。うきうきした気分で手術の進め方、手術当日の過ごし方という用紙に何気なく目をやりながら、EYE of The Tigerを聞いていた。今から思えば、こんなことしなければ良かった。そこにははっきりと書かれていたのだ。手術中、緊張を和らげるために、看護師が手を握りますと。つまり、ビニールの優しさは、私の如き菓子パンに対しての特別なものではなく、その業務としての一貫であった。いわば職業ビニールなのだ。

私は泣いた。心なしか世界が暗くなってきた