やりたいことなんかなくたって生きていける

「ミッションが必要。ヴィジョンが大事。目指すべき目標を持とう!」と声高に叫ばれて久しい。 俺が日頃接するWebの世界、スタートアップ界隈だと特によく聞く話だし、実際にそうなんだろうと思う。 特に、チームや組織規模ではむしろミッション(社会においての役割、何をするための集まっている集団なのか)を定義することは大事だし、必要だと思っている。 けど、なんだろう、対象を人間単位にした時に、なんかこう息苦しさと胡散臭さを感じてしまう。 本当に、皆が皆、やりたいことを明確にして、ミッションを感じながら生きないといけないのだろうか。

好きなことで生きていくのプレッシャー

街中ではYoutuberたちが「好きなことで生きていく!」とキラキラしたお目目で語りかけてくる。 それぞれの個性を活かして、やりたいことをやろう!既存のルールになんて縛られるな!とインターネットでは日々盛り上がっている。

すげー、プレッシャー。

「俺(私)、好きなことなんてないんですけど。」って云う人は一定数いて、と云うか肌感覚的には自分の好きなことを言語化できていて、街頭インタビュウで即レスできるまでやりたいことが認識できている人の方が少ないと思うのだけど、そういう好きなこと、やりたいことが無い人たちにとっては、なんか自分らが落伍者。好きなこと・やりたいことが無い自分らは社会の潮流から外れたアウト・ロウなのでは、と感じて自暴自棄。「やりたいことなんてねえよ」と嘯き、酒や薬に溺れ道を踏み外したり、かと思えば「現実は大変だから、仕事ってそんなに甘いものじゃ無いから」とイヤに賢しらでステレオ・タイプな大人像を演じ、「仕事は時間を売ってお金を貰うためのもの。一日の大半 ≒ 一生の大半は我慢です」と云う姿勢を貫いて、好きなこと・やりたいことが無い自分から逃れようとする。

どちらの姿勢もあまり好ましくなく、このままだと社会の幸福度は下がる一方。国家が内部から破滅するかもしれない。

幸福な状態を選択し続ける

やりたいことなんて探すから見つからなくて苦しい。だって無いから。 一生懸命自分の中でやりたいことを探しても、虚無が舌出してゲラゲラ笑ってくるから。絶望するから。 そうじゃ無くて考え方を変えてみる。

やりたいこと・好きなことの代わりに

  • 自分が「気持ちいい」「幸福だと感じる」状態を言語化する。
  • 自分が「気持ち悪い」「不幸だと感じる」状態を言語化する。

ここで大事なのは、以下3点

  • 頭でその「状態」が想像できるレベルまで言語化してあげること。
  • その際に前提条件(今いる職場とか環境とか)や外部要因は考えないこと。自由な発想ができるように。
  • 一人だと考えが詰まったりするので、誰かに語ることで言語化してみる。(テディ・ベア効果)

やりたいことが無くても、

  • 毎朝早起きするのは苦痛(不幸)
  • 誰かに感謝されるのは好き(幸福)
  • プログラミング・コードを書いている時だけは楽しい(幸福)
  • 一人でする仕事は辛い(不幸)

とか、自分の幸福・不幸に関しては、ちゃんと考えると言語化できてくるはず。

あとは不幸な状態を避けて、幸福な状態を選ぶためには何をしたらいいのかを考えてみる。 自分と似たような幸福・不幸基準を持っている人を探してみる。(こういう時、インターネットは便利) 似たような人は何をしているのか、どうやって生きてんのかを調べてみる etc・・・ こうなってくると、「やりたいこと」や「好きなこと」なんか無くても、自分なりの「やるべきこと」は出来てくるはず。

繰り返される諸行無常

そうこうしているうちに、自分の「やりたいこと」が出来てくるかもしれないし、一生出来ないかもしれない。

「やりたいこと」が出来ればそれに向かってゴールを設定しながら進んでいけばいいし、出来なくても自分の幸福な状態を引き寄せて、不幸な状態を遠ざけられれば、ありもしない「やりたいこと探し」や誰かのための目標を追いかけるような習慣からは抜け出せるはずで、結果として個人としての幸福度は高まると思う。

これと同じで、今「やりたいこと」があって我武者羅に突き進んでいる人も、それが達成した時(もしくは達成前に)に、次の「やりたいこと」が見出せなくなるかもしれない。

どっちのやり方が良いとか悪いとかは無いけれど、この両方を行ったり来たりしながら、自分にとっての幸福って何かを追求していけると、いいよね。ジャパン。

自分の能力や志向性を棚卸ししてみる。

この記事がとてもわかりやすかったので、参考に自分の経験、能力、スキルを棚卸し。ポートフォリオっつうのか。 能力は色々言語化したけど、ストレングスファインダーの結果が一番しっくりくるのでそれで代用した。

現在の職種: エンジニアリングマネージャー(EM)

経験

SIで開発プロジェクト運営など

Webエンジニア(RubyやらRailsやら)として自社サービスの開発

エンジニアリングマネージャーとしてチーム育成や組織マネジメント

社会に出てからこの10年は以下の記事で振り返っている。

steroid66.hatenablog.com

能力

  • ストレングスファインダー
    • 個別化
    • 最上志向
    • ポジティブ
    • 共感性
    • コミュニケーション

スキル

1.メンバーの特性を考えた組織やチームの設計

2.多様な個性を見抜き、個人の才能開花を支援

3.組織や業務のボトルネックを解消・仕組み化

4.個人が抱えているモヤモヤを対話によって言語化し、共に解決していく力

5.計画づくりやふりかえりによるチームの成長・強化支援

好きなこと

  • ボトルネックを見つけ、解消して、物事がスムーズに回り始める。パフォーマンスチューニング / Try & Error
  • 自分含めた人・モノ・組織が昨日よりもアップデートされていくこと。その実感。
  • 最小限の力で最大限に効果が出ること。効率化。
  • 関わった人間が幸福に近づいていくこと
  • 他人の幸福を喜べる環境 / 他人の不幸を悲しむことができる環境
  • バランスの良い感じ。中庸を行っている感じ。
  • 1を100にするよりは、マイナスをゼロに戻すこと
  • うまいこといってる感じ。うまいことやれている感じ

嫌いなこと

  • 不毛なやりとりや仕組み
  • 人間とその能力を軽んじる仕組みや人間・環境
  • 同じ道をなんども辿ること
  • 物事がよくも悪くも進んでいない実感。停滞感。
  • 存在目的がわからないこと。
  • 慣習・因習・既得権益・腐敗した権力
  • 自主性を奪われること
  • 互いを信頼しない前提のやりとり・環境

これからやりたいこと / 強化したい武器

  • エンジニアリングに限らず、組織改善や組織作り
  • 個人の成長を支援するためのコーチン
  • 組織改善や個人成長支援のスキルをさらに強化  

なんかスッキリ。

盛り場のハイエナと呼ばれていた俺がベンチャーに入ってもうすぐ三年が経とうとしている

約3年振りに実家に帰省し、近所の温泉に浸かりながら社会に出てからこれまでを振り返る機会があったので、巷でアウトプットの重要性が叫ばれる昨今、その練習として書きしたためて置こうと思う。ちなみに直前の記事は10ヶ月前、鶯谷への愛を綴った記事であった。無差別なジャンル構成でとても私らしい。

 

社会に出る。そして堕ちる。

学校を出て、22才で比較的穏やかそうな中堅SIerで働き始めた。その会社に決めた理由も男女比でいうと女の子が多いからという至ってシンプルで私らしい理由であった。実際女子が多く、会社が借り上げていたマンションは私の他はほとんど女子。ハーレムのような気分で過ごした。初めてやったJavaVBのプログラミングもそこそこ出来たし、楽しかった。

が、23才の夏頃から徐々に酒に溺れるようになり、夜街で酔いつぶれては昼すぎに出社するなどして、そのうち完全に会社に行かなくなった。

途中、仕事に復帰したり休んだりを繰り返しながら、半端者として過ごし、その間に会社も大手に吸収合併されたりして、夜街以外でアイデンティティを保てる場所を完全に失いながら、20代の大半を酒気帯びの状態で過ごし、25才を過ぎた頃には、一端のクズが出来上がっていた。

盛り場のハイエナ

周りは着々と経験を積み、キャリアと呼ばれるものを形成している。一方の私は、そういう彼らに憧れつつも、相変わらず酒を呑み、酔いに任せた虚勢で自らをガードし、夜の街で私に優しくしてくれる女だけを口説き、ダメなふりをして人の善意を掠め取る怠惰で情けないクズであった。

何せ仕事をまともにしていないので、金がない。酒場に行かないと矮小な自分のことを直視せねばならないので、それは地獄。堪え難い。常に奢ってくれる人、ツケや無料で飲ませてくれる店の善意を掠めて自己承認欲求を自転車操業で満たしているような状態で、ついたアダ名が「盛り場のハイエナ」。当時ちょうど27-28才。周りは結婚やら出産やら転職やら昇進やらと人生のステージを変化させている頃だった。

転職しよう

 30才を目前にした私は、初めて自分のこれからについて考えてみた。

仲の良かった飲み友達は呑み過ぎて末期の膵臓ガンになっていた。まだ当時35とかなのに。

で、今の環境をバシッと変えるために転職を決意。

全く環境の異なるWeb系のベンチャーでエンジニアになろう思って、転職活動を頑張った。が、Web系のプログラミングなど全く実務経験もないし、RailsTutorialちょっとやったくらいのテンションで面接を受けており、当然のごとく落ちまくった。技術云々とかよりももっと手前の部分、人間的な何かが欠損していた気がする。

ってレベルの私を拾ってくれたのが当時の弊社だった。まじパンクだと思う。

 

ベンチャー・ショック

比較的大きい組織から当時10名ちょっとしかいない組織に来たので、何もかもが違い過ぎてショックだった。KPIやらCSやらコンバージョンやらの横文字が洪水のように流れてくる。エンジニアとしてもキャッチアップしながらガンガンリリースさせてもらえる。嬉しいし楽しかったが、連日脳ミソがオーバーヒートして過ごすうちにあっという間に30才を超えていた。

ある程度出来ることが増えてきて、ふと気がつくと入社当時の情熱は失われていた。

劇的に環境を変えて、無我夢中で燃え上がったけど、結局それはシャブを打って興奮しているだけの一過性の効果だけでしかなくて、内発的な動機に突き動かされて仕事をしている訳ではなかった。エンジニアリングは好きだったけど、「一生コード書いて過ごしたいです!」みたいな巷のエンジニア諸兄と同じ夢は見られなかったし、見ることもないだろうなと思っていた。再び自己喪失感に襲われた私は、次第に遅刻も増え、公式Twitterでクソみたいなことを呟くことで自分のアイデンティティを保つ日々が続いていた。ベンチャー1年目はこうして終わりを迎えていく。

twitter.com

こうしてみると本当に腐ってんな、俺。

マネージャーという職業

なんのきっかけかは忘れたけど、ある朝いつもよりも早く目が覚めた。2時間も前に。

せっかくだから出勤するかという気持ちで早朝に出勤して仕事を進めると、なんだか今日はテンションが高い。楽しい。

そこから毎日早起きして早朝出勤を始めてみた。遅刻常習犯だった私が。アルコール以外の何かを習慣にするのは大分久しぶりのことだったが、自分で自分の人生をきちんとコントロールできている気がして初めて感じる気持ち良さだった。

ここからいろんなことが変わり始める。

もともと若手の新人教育担当とかをやっていたせいもあって、小さいチームのリーダーを任されて、そのあとWEBチームのマネージャーになる。

31才。人生で初めて心から面白いと思える仕事だったし、向いていた。

今までの経験が全て結びついて線になってくるようなイメージ。インプットしたものを実践に使うたびに何かが変化して改善していく感じ。

1on1やミッション設定、組織のボトルネックを見つけて改善していく感覚は、コードをリファクタリングしたりパフォーマンスチューニングするエンジニアのそれと何ら変わらず、むしろ個々は<人間>というめっちゃ複雑なモジュールで、やりがいがあったし、影響範囲が広くなればなるほど面白かった。

そうこうしているうちに、コードを書くよりも組織設計や個人が成長について考えている方が好きになっていることに気がつき、そのうちにエンジニア全体の組織マネジメントを担当することになった。

実績を積めば私も成長できたし、何よりチーム全体が変わっていくのが目に見えてわかったのが楽しかった。

外の世界

32才の誕生日を前に、Twitter上で面白いイベントが開催されていた。「Engineering Manager Meetup」。

東京近郊のEngineerManagerが一堂に会して、日頃の悩みやノウハウを共有するという会合で、これまでほとんど外部の交流会に参加してこなかった私だが、即参加を決意。Meetupの内容はいろんな人がブログなどで書いているのでそちらに譲るが、私にとっては、何というか「この仕事やってきてよかった」という大きな安堵感を与えてくれる刺激的なイベントであった。

ここから、外の世界から今の自分や組織を見てみようという思いに駆られて動き出した。ROM専だったTwitterを再始動させ、エンジニアリングに関わらず、自分が習得したいスキルや情報を交流会や勉強会などで積極的にインプットするようになってきた。この辺は今度こっちのアドベンドカレンダーに書く予定。

adventar.org

つぎのよるへ 

32才になった。社会に出てからちょうど10年が経つし、ベンチャーに入ってもうすぐ三年が経とうとしている。

今、文章で振り返ってみてもこの1, 2年の変化が特に凄まじく、今年に至っては結婚もしたし、来月には娘がリリースされる。

良い偶然が多くて、人に恵まれていたなと改めて感じる。

この10年で経験したこと・受けた恩を、社会や次の世代に私なりの形やスキルで還元していくのが、これから先のミッションかなと思っていて。チームや組織の改善など今の仕事含めて、ハイエナ時代の私のように燻っている人が少しでも自信持ってハッピーになれるような手助けが出来れば幸い。一緒のヴィジョンを持っているような人とも組織・業種に関わらず、仲間が欲しいので、気軽にTwitterとかで連絡くださいませ。

twitter: @steroid66

 

久しぶりに書いたら、長くなりすぎた。

 

 

 

萩の湯ラプソディ

毎週日曜日に銭湯に行く。

鶯谷駅からほど近い「萩の湯」という銭湯。

都内最大級の町銭湯として去年オープンし、ネットでも実生活でもそこそこ話題になったので、ご存知の方も多いかと思う。

haginoyu.jp

鶯谷というのは不思議な町で、山手線の1日乗降者数は最下位。無数のラブホテルと墓地に囲まれている駅を出ると、デリヘル嬢や吉原からの迎えの車を手持ち無沙汰に待つ男たちが点在している。全体としてクラウディ。空も空気もどんよりとしている。

ところが。

連れの者が隣町の入谷に住んでいる関係で、毎週末鶯谷を訪問しているうちに、私はすっかりこの町に魅入られてしまった。

なんたって名前がいい。鶯谷。名前だけ聞くと超風流。雅。そんな趣を感じながら、駅に着くと突然のラブホテル群。

歌舞伎町や円山町、五反田など都内のラブホテル乱立地域は他にもあるが、その大体が駅や歓楽街の裏手5、6分の所にある訳で、駅の目の前が群、いやどっちかというと軍って感じで、ラブホテルたちが出迎えてくれる感覚を私は味わったことがない。

かと思いきや裏手には寛永寺があり、墓地がズラーッと控えている。ラブホテル軍に目を奪われているその真後ろで、ひっそりと伏兵たちが待ち構えている。軍。軍感が強い。

その二軍に挟まれた格好の駅はどこか所在なさ気にポツンと立っている。空は今日も曇り。

雅さが全然無い。かといって下町特有のガヤガヤした人情感も感じられない。

どこかこの世の境みたいな雰囲気が私にはとても面白く、居心地が良い町に感じられてしまった。逆に風流?みたいな。

魅入られたのだと思う。

f:id:steroid66:20180206171725p:plain

萩の湯はそんな鶯谷駅北口のすぐ側に出来た。地上4階建て?のビルディング丸ごと銭湯で、マジ半端ない。

入浴 + タオルセットが540円。ということは手ぶらでも540円あれば風呂に入れると言うこと。

もちろん、洗い場にはボディソープ、リンスインシャンプーが備わっており、私はキューティクルにこだわらないタイプの人間なので、手ぶらで十分に体や髪の毛を洗うことができる。 半露天になっている岩風呂や熱湯、サウナ、水風呂、炭酸風呂、電気風呂にジェットバスなど風呂種も充実しているので、軽く90分くらいは滞在できる。上がったら二階の休憩所「こもれび」で、瓶ビールと餃子・唐揚げなどをつまむ。興奮する。まさに極楽。そう思うと、ラブホ、墓地、風呂場とこの町は「極楽」との距離が近い。

連れの者は当初、銭湯に対して良いイメージを持っていなかった。と言うより、まともに行ったことが無かった。 しかし今や回数券を購入。ハギラーを自称し、近所なのを良いことに通い詰めている。

私も勿論、日曜日は欠かさずにハギる。先週は久々にサウナ付きのロングでハギった。(※ ちなみに入浴 + サウナ + タオルセットだと700円)

日曜にハギらないと、寝つきが悪い。翌朝の電車が人身事故を起こす。大雪が降る。などロクなことがない。

萩の湯はもはや私にとって生活習慣の一部となり、私はこの春、鶯谷に越すことになっている。

SlackとGASを使って画像取得BOTを作った話。

突然ですけど、皆さんSlack使ってますか? いいですよね。Slack。洒落てますよね。

今日は義憤に駆られて、SlackとGoogleAppScriptを使って画像取得用のBotを作ったので、その話をしたいなと思います。 欲しい画像をつぶやくと、Google先生から画像を検索してくれてSlackに貼り付けてくれます。

背景

画像レスの応酬が流行していた。 人よりも面白く、小気味よく、洒落ている画像を探そうと必死になっている感じが、非常にうすら寂しく、また気恥ずかしいものであったので、こっそりslackに投げかけたら画像を持ってきてくれる、そんな女性が必要であった。

完成品

画像取得BOT「chikako」

f:id:steroid66:20170515165039g:plain

つくりかた

今回は、GAS(Google App Script)を使って作りました。サーバーレス超便利。 GASについては、こちらの記事の説明が詳しかったです。

tonari-it.com

下準備

まずは、script.google.comにアクセス。新しいプロジェクトを作ります。

f:id:jmty_tech:20170515142120p:plain

次に、Slack連携用の便利なライブラリを入れます。その名もSlackApp。 リソース→ライブラリを選択して、この画面を表示します。

f:id:jmty_tech:20170515143046p:plain

ライブラリ追加のテキストフォームに以下のLibraryKeyを入力後、追加ボタンを押します。 M3W5Ut3Q39AaIwLquryEPMwV62A3znfOO

するとこうなるはず。 f:id:jmty_tech:20170515142649p:plain

次に、Slack側の設定をします。 まずAPI Tokenを取得します。以下のサイトのAuthenticationから取得できます。

api.slack.com

トークンを取得後は再びGASの画面に戻ります。 ファイル→プロジェクトのプロパティ→スクリプトのプロパティからSLUCK_ACCESS_TOKENプロパティの値に取得したトークンを貼り付けて保存します。

f:id:jmty_tech:20170515143620p:plain

最後にSlack側のWebHookを設定します。これでSlackに投稿したものをGASで受け取って諸々の処理ができるようになります。 今回設定するのはSlack側からの発信Hookなので、Outgoing WebHooksです。

f:id:jmty_tech:20170515144454p:plain

これですね。 設定項目は、次みたいな感じ。

f:id:jmty_tech:20170515144637p:plain

どこのチャンネルからの投稿かをChannelで設定して、GASアプリケーションの公開URL(後ほど設定)をURL(s)に入力すればとりあえずは動きます。

以上で下準備おしまい。実際にコードを書いていきましょう。

コーディング

GASはjavascriptで動きます。

function doPost(e) {
  var token = PropertiesService.getScriptProperties().getProperty("SLACK_ACCESS_TOKEN");
  var bot_name = "chikako";
  var bot_icon = "http://d1d7kfcb5oumx0.cloudfront.net/articles/images/567e361c4cc4ed91ee0001af/slide_PC190194.JPG"
  var channelId = "#chikako"
  var message = getGoogleCustomSearchImage(e.parameter.text);
  var slackApp = SlackApp.create(token);
  
  slackApp.postMessage(channelId, message, {username: bot_name, icon_url: bot_icon});
}

このdoPostメソッドが、Slackからのリクエストを受けて走るメソッドです。 tokenは先ほど下準備で保存したSLACK_ACCESS_TOKENのことです。 これで、channelIdで設定したチャンネルに、bot_nameで設定したbotとして、messageをPostできます。

今回は、このmessageを、getGoogleCustomSearchImageというメソッドで検索した画像のURLにします。(Slackは画像URLを貼ると、画像を表示してくれます。)

function getGoogleCustomSearchImage(keyword){
  var API_KEY = "AIzaSyB6hOUmDt3HeiGgd5oeBywz0CNpGv-3tJ4"
  var CSE_ID = "017523893900893021997:fzxbxcm7sus"
  var uri = "https://www.googleapis.com/customsearch/v1?key=" + API_KEY + "&cx=" + CSE_ID + "&q=" + keyword + "&searchType=image"
  
  var response = UrlFetchApp.fetch(uri);
  var json = JSON.parse(response);
  var random_params = Math.floor(Math.random() * json["items"].length);
  
  var result = json["items"][random_params]["link"]
  return result
}

getGoogleCustomSearchImageメソッドではGoogleCustomSearchEngineを利用して、画像を検索しています。

この記事を参考に、API_KEYやCSE_IDを取得 ryutamaki.hatenablog.com

あとは、Slackからパラメーターとして受け取った文言を検索文字として、クエリ付きのuriを作ります。(searchType=imageとすることで画像検索ができます。)

json形式で取得できたら、毎回同じ結果が出るのを防ぐために乱数を作って(random_params)、取得した結果をシャッフルして、該当画像のURLを返しています。

どうですか。出来ましたか。出来たら公開しましょう。

公開

公開→ウェブアプリケーションとして導入を選択します。 以下のような画面が出てくると思います。 f:id:jmty_tech:20170515152537p:plain

ここで注意点が二つ。 GASではコードの中身を変えた場合、プロジェクトバージョンをいちいち更新しないと変更が反映されません。 なので、このバージョン数値の更新を忘れないこと。 もう一つはアプリケーションにアクセスできるユーザーを「全員(匿名ユーザーを含む)」に設定すること。これを忘れて、悲しい時間を過ごしました。 f:id:jmty_tech:20170515152935p:plain

以上がchikako作成の流れでした。 皆さんも心のスキマを埋めるべく、可愛いbotを作ってみてはいかがでしょうか。乾いた日常がほんの少し潤いますよ。 それでは、 f:id:steroid66:20170515163805p:plain 御機嫌よう。

スナック無宿 ~らくがき(五反田) ~

子供の頃からスナックが好きで、良い大人になった今でも勿論好きだ。 スナックの醍醐味は何かと問われると、そりゃ人それぞれあるだろうし、一言でまとめることができるならスナックになんて通っていない。

五反田には、リバーライトビルと云う名前のビルが目黒リバーのリバーサイドにあって、通称「五反田ヒルズ」と呼ばれている。 f:id:steroid66:20170115160421j:plain

こんな感じで飲食店がひしめき合っているドーム型のビル。

勿論、めし屋も飲み屋もあるのだけど、テナントの内のその殆どがスナックと云う感涙モノのビルヂングだ。 で、結構個性的な店とか看板を見る限り胸躍る雰囲気の店とか色々あるんだけど、年の瀬も迫った金曜の夜、こちらにお邪魔した。

「スナック らくがき」

看板には女子会歓迎とか書いていて、価格もリーズナブル。

早速入店。

まだ19時台だったが、すでに男女の団体がずらっと座っていた。 ママに誘われて、一番端のカウンターにピットイン。

ママの名前はようこ。

「酔う子って書くの」というママのスナックジョークが出たところで、良い店と確信した俺は、迷わずキンミヤのボトルを入れた。

団体さんは合コン的なノリで会社の上司に連れてきてもらったという感じの3対3 + 上司で、上司以外いまいち盛り上がっていない。 すると、ママが場を盛り上げようとしたのだろう。自ら先陣を切り、カラオケを入れた.


The Beatles - Hey Jude

言わずと知れたビートルズのバラードをなんの脈絡もなく突然歌い始めるママに一同唖然。俺も唖然。

しかしそこはスナック・マジック。

ママのHey,Judeを皮切りに、若者たちも一人また一人と歌を歌いはじめ、俺も歌い、場は一体感に包まれ始めた。

これが、スナックの良さ、醍醐味の一つだと俺は思う。

なんとなく良い感じになった若者たち団体が帰り、俺も気分が良くなったので、キンミヤを飲み干してから帰ろうとママと談笑。 聞けば、五反田に来る前に働いていた店と俺の良く行く店が近く、共通の知人もたくさんいることが発覚。

運命を感じた俺は必ずまた来ることを約束し、店を後にした。

余談だが、Hey,Judeはポールマッカトーニーが離婚問題でもめていた頃のジョン・レノンの息子を励ますために作った曲とされていて、それを知っていて選曲したのなら、ようこママの妖力に感服する。(その頃、ジョン・レノンはヨーコ・オノに夢中だった)

黄金町エレジー

2007.1

その日の横浜は雪だった。

俺は、スーツにロングのダウンジャケットを着込んで、横浜のダークサイドと名高い黄金町・日の出町エリアの路上でビラを配っていた。

まだ松の内だったと思う。

正月に故郷へ帰る金子も無く、かといって特別親しくしてる女もいなかったので、アルバイトのシフトを元旦から連続で入れていたのだ。

「映画、いかがっすか。」

潰れかけた単館系の映画館でのバイト。時給850円。 あまりにも客が来ないために、映画のチラシを路上で配るという、映画館スタッフの仕事としてはあんまり考えられない、と言うか普通はやらない仕事を、新年のお祝いムードで溢れる伊勢佐木モール、その丁度裏通りでやっていた。

「明けましておめでとう」

声をかけてきたのは、タケさん(自称)。

隣のファッションヘルスで客引きをしている40代男性だ。 何せ人もほとんど通らない通りで、二人だけで呼び込みしているのだ。3ヶ月を過ぎる頃には、自然と顔なじみになっていた。

俺も新年の挨拶を返し、「全然、人通らないねえ」なんて話をしていた。

向こうはヘルス。こっちはシネマ。

小さい映画館だったが、サブカル女子やヴィレッジヴァンガードが好みそうな映画をやることがあって、女優がきて舞台挨拶なんてのもやった。そうすると、いつもは、地元のアル中が寝るためにしか来ない映画館に、行列ができることもあった。 そういう時、タケさんは隣の店先で、自分のことのように喜んでいた。

タケさんは自分のことはあまり話さなかったが、北陸の出身らしく諸々あって今の店で働いていると言っていた。

40代(自称)にしては禿げ上がった頭、人の良さそうな団子鼻、ヘルニア持ちで、立っているのが辛いと愚痴をこぼすタケさんが俺はなぜか好きだった。思えば、俺もその当時、信頼できる友も女も金も無く、自尊心と羞恥心だけが肥大化していて虎になりそうだった。二人とも孤独だったのかもしれない。

日が沈みかけてきた頃、雪が舞い始めた。 俺も北国の産まれだしタケさんも北陸の出だから、雪自体は大して感動もしないのだけど、その日はなぜか黄金町に舞う雪が非常に綺麗に見えた。 タケさんもそう思ったのか、「にいちゃん、雪だな」なんて笑っていた。 タケさんは前歯が殆ど無かった。シンナーだと思う。

そうして、閉館の時刻になり、本日の入場者と売り上げをエクセルに打ち込む。もちろん本日打ち込む数字は0だ。 館内の清掃も必要ないので、シャッターを閉め、俺は戸締りをして映画館を出た。

外に出ると、ビラを配っていた時よりも本格的に雪が降っていて寒かった。

ヘルスの前を通ると、タケさんはまだ立っていた。

「にいちゃん、帰りか?」

はい、お疲れ様です、と答えると、寒そうに肩を窄ませながら、タケさんはポケットから何かを取り出して

「はい、これ、お年玉。」

と言い、俺の手に何か握らせた。

見てみると、「お年玉キャンペーン!! 50分コース50%OFF!! アンド 指名料無料!」と書かれた、割引チケット。

「あ、ありがとうございます!タケさんも風邪ひかないように!」

よくわからないお礼を言い終えると、俺は酒を買い、自宅へ帰った。

タケさんの姿を見たのはそれが最後だった。

1ヶ月後、俺は割引チケットを握りしめ、黄金町へ向かった。

シフトには入っていないが、無料指名を入れるために。

50分5500円のアトラクションを終えた後、俺は指名の子に聞いた。タケさんのことを。

「客引きの?ああ歳いってる方?ハゲの?」

そう、その人がくれたお年玉なんだよ、今日のこれは。と思いながら、今、どうしているかを尋ねた。

「店の売り上げ金盗もうとしてんのがバレて、クビだって。バカだよねぇ。キャハハ。キャハ。」

女の顔も源氏名もオッパイの大きさも全く覚えていない。

ただ、何か無性に腹が立って、帰りにワンカップ大関を買い込み、飲みながらフラフラで自宅まで徒歩で帰ったことは覚えている。

あの日の横浜は雪だった。